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宇都宮地方裁判所 平成2年(ワ)464号 判決

主文

一  被告らは連帯して、原告武上国治に対して金一〇〇九万五二三四円、同武上友子に対して金三〇万三六〇〇円、同郡司モトに対して金二〇万円、同郡司幸子に対して金二〇万円及びこれらに対する平成元年二月一五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を被告らの、その余を原告らの各負担とする。

四  この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

理由

一  《証拠略》によれば、請求原因1のうち本件建物の全焼の事実が認められ、同項のその余の事実は当事者間に争いがない。

同3の事実は当事者間に争いがない。

二  本件火災の原因について

《証拠略》を総合すると、以下の事実が認められる。

(一)  被告松島は平成元年二月一四日午後四時五〇分ころ、戸田マンション解体工事の下請作業員としてアセチレンガス切断機を使用して鉄製階段の鉄骨切断作業に従事していた。

(二)  同被告は、それまでに他の作業現場でアセチレンガス切断機を使用したことはあつたが、労働安全衛生法六一条一項の定めるガス溶接作業主任者の資格を有しないまま、右切断作業に従事していた。

(三)  右ガス切断機を使用して鉄骨を切断する際には、鉄骨の鉄が切断面から剥離し、溶融塊となつて飛散・落下するが、熟練工の場合はあまり溶融塊を飛散させることはないものの、同被告の場合は、半分くらいの溶融塊を飛散させていた。

(四)  戸田マンションの周囲には、溶融塊やコンクリート片の飛散・落下を防止するために緑色の網状シートが張りめぐらされていたが、右シートとシートの間、シートと地面の間には隙間がある他、網状シートの網目を通しても、溶融塊が直接本件建物やその周辺にまで飛散していた。

(五)  本件火災は、本件建物南側の軒下に積まれていた原告モト所有のダンボール箱がまず燃え上がり、一旦鎮火したものの、本件建物の一階南側六畳間南窓上部付近から黒煙が生じて室内に充満し始め、その後建物全体が焼燬されるに至つたものであるが、本件火災後右ダンボール箱付近には溶融塊の冷えた金属片が散乱し、その他にその付近に出火原因となる火気はなかつた。

《証拠判断略》

右認定の各事実を総合すれば、本件火災の原因は、被告松島が前記階段をアセチレンガス切断機で切断した際、切断時に生じた溶融塊が緑色の網状シートの隙間や網目を通して本件建物やその周辺に飛散し、右高温の溶融塊が本件建物南側に存した可燃物であるダンボール箱に引火して燃え上がり、ひいては本件建物に燃え移つて全焼させたと推認するのが相当であつて、右認定を左右するに足りる証拠は存しない。

三  被告らの責任について

《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。

(一)  平成元年一月ころ、被告佐野屋建設は訴外戸田から戸田マンションの解体工事を請負い、解体作業を訴外松村自動車商会に下請に出したが、右会社から訴外小谷野解体へ、さらに被告松島組へとそれぞれ下請に出され、本件火災当時は、被告松島ら被告松島組の従業員が解体作業にあたつており、元請の被告佐野屋建設からは、被告鈴木が現場監督者として工事監理、災害防止の任についていた。

被告鈴木は、解体の手順を決定して被告松島組の従業員に伝達・指示し、戸田マンション東隣に居住する訴外森川照三からの苦情を処理するなど、元請業者の現場監督者として、作業全般にわたり下請業者である被告松島組の従業員を指揮監督する関係にあつた。

(二)  戸田マンションの周囲には緑色の網状シートが設置されていたが、本件火災以前から、アセチレンガス切断機による鉄骨切断作業の際に生ずる溶融塊が、右シートの隙間や網目から、本件建物周辺に飛散・落下していたため、被告松島組の従業員として解体作業に従事していた訴外井口俊行は、本件火災の二、三日前に、外部への飛散を防ぐ白色の防炎シートを設置するよう現場監督の被告鈴木に要求し、それに応えて同被告は現場に右白色防炎シートを搬入したが、結局それを使用することがなかつた。

(三)  本件火災発生当時、被告松島は、作業中に発生する溶融塊の半分近くが緑色の網状シートの網目を通り抜ける形で本件建物周辺に飛散していたことを認識し、本件建物南側にあるダンボール箱の存在も知りながら、なお作業を続け、被告鈴木は、右ダンボール箱を撤去するよう所有者である原告モトに要請していたが、同原告が右撤去要請に応じなかつたために、同被告もそのまま切断作業を実施させ、右被告らは右ダンボール箱に防炎シートをかぶせたり、あるいは仮の囲いを設けたりするなど、火災発生を防止するための措置を講じなかつた。

《証拠判断略》

右認定事実及び、前示の本件火災判断原因事実によれば、被告らには以下の過失が認められる。

被告鈴木は、前記解体工事の現場監督者として、ガス切断機を使用させるに際しては、戸田マンションの周囲に溶融塊の飛散を防ぐことのできる防炎シートを設置し、事前にダンボール箱等の可燃物を確実に除去させるなど、切断の際に生ずる溶融塊がダンボール箱や本件建物の屋根等に飛散・落下して火災を発生させることのないように、作業を進めさせるべき注意義務があるのにこれを怠り、網状シートのみでは火災発生の危険性があることを十分認識しながら、溶融塊の飛散を防ぐ白色シートを使用させず、また、右のように溶融塊が飛散する状況下にあり、かつ本件建物南側に可燃物であるダンボール箱が存することを認識しながら、右ダンボール箱への引火防止の措置を何ら講ずることなく、漫然被告松島をして切断作業に従事させた結果本件火災を惹起したのであるから、被告鈴木にはその点につき過失が存する。

被告松島も、アセチレンガス切断機を使用して、前記鉄骨切断作業を行うにあたり、自己の作業現場の直近下にあるダンボール箱等の可燃物を除去するとともに、溶融塊の飛散・落下を防止するための防炎シート等を設置するなど火災の発生を未然に防止するための十分な予防措置が講じられていることを確認して作業すべき注意義務があるのにこれを怠り、溶融塊が網状シートから本件建物周辺に飛散し、かつ本件建物南側に可燃物であるダンボール箱が存することを認識しながら、何らの措置を講ずることなく漫然切断作業を継続して本件火災を惹起したものであつて、被告松島にもその点につき過失が存する。

被告らは、網状シートが防炎シートであり、設置義務を遵守していたこと、及び原告モトに対して再三ダンボール箱の撤去を要請したのに同原告が拒絶したもので、被告らに強制撤去の権限はない以上、ダンボール箱に引火して生じた本件火災については、被告らに過失はないと主張する。しかし、網状シートは、溶融塊が網目を通して飛散するもので、溶融塊飛散防止のためには不十分であることは前示のとおりであるから、設置義務遵守をいう被告らの主張は理由がないし、また、溶融塊が飛散する状況下にあつては、たとえダンボール箱の強制撤去はできなくとも、火災発生を防止するための十分な措置を講ずる義務が被告らには存するのであつて、単に撤去要請した一事をもつてその責を免れることはできない。

ところで、被告鈴木及び同松島は、法令上厳格な資格要件や注意義務を要求されるガス切断作業に業として従事ないし監督する者であり、右のように火気を反復・継続して扱う者にとつては前記各過失は著しい過失と評価すべく、結局、同被告らには失火法上の重過失責任が認められる。

また、被告松島が被告松島組の従業員であることは当事者に争いがなく、前示のとおり、被告松島組の事業の執行につき被告松島が原告らに損害を与えたものであるから、被告松島が失火法上の重過失責任を負う以上、被告松島組も民法七一五条の使用者責任を免れない。

さらに、被告鈴木が被告佐野屋建設の従業員であることは当事者間に争いがなく、前示のとおり、被告佐野屋建設の事業の執行につき被告鈴木が原告らに損害を与えたものであるし、前記解体工事に関する被告鈴木の指揮監督の程度からすれば、右工事の施行について下請業者である被告松島組の従業員たる被告松島は、被告佐野屋建設の被用者と同視し得る立場にあり、被告佐野屋建設の指揮監督関係は直接同被告に及んでいるものと認められるから、このような場合、被告鈴木及び同松島が右工事を行うについて原告らに与えた損害については、被告佐野屋建設は民法七一五条にいう使用者として、その賠償の責を免れないものと解するのが相当である。

四  損害について

本件火災より、原告らの被つた損害額について判断する。

1  財産的損害 七五〇万円

《証拠略》によれば、原告らが本件建物内に所有していた家財道具、什器、衣類等の物品は、本件火災により全て焼失したか、あるいは消火作業中に水をかぶつてしまい使用不能となつたものと認められる。

右家財道具の損害額算定にあたつては本件火災当時の交換価格を基準とすべきであり、火災直後の再調達価格に一定の減価率を乗じて算定すべきであるが、個々の家財道具の購入時期、購入価格等が不明な物が多いのに加えて、それぞれの減価度合いを算定することは困難であるから、損害のおおよその額は推認できるものの、個々の損害については、本件全証拠によつてもその認定は困難といわざるを得ない。けれども、これは本件火災の事情からしても、やむを得ないものというべきである。また、原告ら請求のように、右家財道具を原告国治の損害として包括して請求することには合理性が認められる。

そこで右損害額について判断するに、原告らは、甲第四二号証に基づいて、本件のケースを右証拠記載のモデルb家庭に当てはめ、請求額の正当性を主張している。しかし、甲第四二号証はあくまで損害保険会社が保険金額算定の一助とするためにサンプル家庭を抽出して一応の基準を定めたにすぎず、実際の損害算定にあたつては、損害保険会社といえども、個々の事例ごとに損害状況、家財保有高、減価割合等を査定して損害を算出しているのであつて、右基準は一応の目安に過ぎないことは甲第四三号証からも明らかである。

原告国治及び同友子ならびに同幸子の年収、家族構成、実質的に二世帯の居住であることなどは、右モデルb家族よりも損害算定にあたつて額を押し上げる事情といえようが、他方、右基準は東京都内の家庭をモデルとしていること、居住面積も下回ること、家屋もある程度老朽化が進んでいること及びモデル家庭より狭い面積に多くの人数で居住していることなど、逆に算定額を引き下げる事情も存するので、右基準をただちに採用することはできない。

そこで《証拠略》に基づいて本件の損害額を算定するに、電気製品や家具類については昭和四〇年代ないし五〇年代に購入したものや、購入時期不明なものが多く、その損耗度合いからして、火災発生当時における新品の再調達価格に二割ないし三割程度の減価率を乗じただけでは減額が不十分である。また、衣類については、その着用によつて比較的減価の進行が早い性質のものであろうから、右同様である。その他、特に原告らが愛着を感じる物品については、後記慰謝料額の算定にあたつて考慮すべきものと思われる。

以上を総合すると、本件火災による家財道具の損害については、原告ら請求額の五割にあたる七五〇万円と認めるのが相当である。

2  入通院損害

(一)  原告国治

(1) 入院雑費 五万二八〇〇円

原告国治は本件火災により平成元年二月一四日から同年三月二九日までの四四日間入院治療を受けたことが認められ、入院雑費は、一日あたり一二〇〇円と認めるのが相当であるから、四四日間では頭書の金額となる。

(2) 入院付添費 一七万六〇〇〇円

同原告は右入院期間中付添看護を必要とする状態にあり、右期間中同原告の妻である原告友子が付添つたことが認められ、付添費は、一日あたり四〇〇〇円と認めるのが相当であるから、四四日間では頭書の金額となる。

(3) 休業損害 八五万四七九四円

《証拠略》によれば、原告国治は原告友子とともに、飲食店「安来」を経営していたが、本件火災により、平成元年二月一四日から同年四月一九日までの六五日間、右店舗の休業を余儀なくされたこと、右店舗における一か月あたりの売り上げから必要経費を控除しても、原告国治の収入は四〇万円を下回らなかつたことが認められる。したがつて、六五日分の休業に相当する損害は頭書の金額となる。

(二)  原告友子の入院雑費 三六〇〇円

原告友子は本件火災により平成元年二月一四日から同月一六日までの三日間入院治療を受けたことが認められ、入院雑費は、一日あたり一二〇〇円と認めるのが相当であるから、三日間では頭書の金額となる。

3  慰謝料

(一)  原告国治 一〇〇万円

本件火災によつて入通院を余儀なくされ、加うるに愛着をいだいていた家財道具一切を全て失つた原告国治の精神的苦痛を慰謝するためには、一〇〇万円をもつてするのが相当である。

(二)  原告友子 三〇万円

本件火災によつて入通院を余儀なくされ、右同様に家財道具一切を全て失つた原告友子の精神的苦痛を慰謝するためには、三〇万円をもつてするのが相当である。

(三)  原告モト及び同幸子 各二〇万円

本件火災により、右同様に家財道具一切を全て失つた原告モト及び同幸子の精神的苦痛を慰謝するためには、各二〇万円をもつてするのが相当である。

したがつて、被告らが連帯して、原告らに対して賠償すべき損害額は、原告国治に対して九五八万三五九四円、同友子に対して三〇万三六〇〇円、同モトに対して二〇万円、同幸子に対して二〇万円となる。

五  過失相殺について

本件火災の発生原因及び出火態様については既に認定したとおりで、原告らが前記解体工事現場である戸田マンションに隣接する本件建物軒下に可燃物であるダンボール箱を積み上げ、被告らの撤去要請に応じない結果、右ダンボール箱に引火して本件火災が発生した事情があるにしても、原告らには何らの過失も認めることはできないし、また、被告ら主張にように、原告らが民法二〇九条に基づいてダンボールの撤去義務を負うものでもない。

また、被告らは抗弁2(二)の事実を過失相殺すべき事情として主張するのであるが、宇都宮市との立退き交渉課程において、即時に立退くか否かは原告らの自由であるし、また鉄骨用ニブラが使えなかつたことについても、本件火災に関する過失については、当然のことながら、ガス切断機による作業が行われることを前提として考えていくべきものであるから、被告らの右主張は失当である。

したがつて、過失相殺をいう被告らの主張は理由がない。

六  損害の填補

抗弁3(七)の現金三〇万円の填補については、当事者間に争いがなく、《証拠略》によれば、抗弁3のその余の事実が認められるものの、原告ら請求にかかる損害に填補されて控除されるべきものは、抗弁三(二)、(三)、(六)についてのもののみである。

したがつて、右填補額を原告国治の損害から控除すると、被告らは連帯して、原告国治にたいして九〇九万五二三四円、同友子に対して三〇万三六〇〇円、同モトに対して二〇万円、同幸子に対して二〇万円をそれぞれ賠償すべきこととなる。

七  弁護士費用

本件火災と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、一〇〇万円と認めるのが相当である。

八  以上によれば、被告らは連帯して、本件火災に基づく損害賠償として、原告国治に対して一〇〇九万五二三四円、同友子に対して三〇万三六〇〇円、同モトに対して二〇万円、同幸子に対して二〇万円をそれぞれ支払う義務がある。

よつて、原告らの本訴請求は、右各損害賠償額及びこれれに対する本件不法行為の日の翌日である平成元年二月一五日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小林登美子)

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